旧プロメテウスシング 2話

改稿予定

人気のない学校の廊下
足音だけが延々と響いている

[男]
始まりは、いったい"どこから"だったのだろう?

[男]
形のない悪意をごまかすために、
口さがない噂が立ったときだろうか。

[男]
鏡の中から女が現れたときか。
七不思議なんて、
ありもしないものが信じられたときか。

[男]
彼が歌ったことが、
蝶の羽ばたきのように全てを変えたのか?

[男]
……あえて言うなら。
俺が正義を失った日が、
きっと全ての始まりだった。

[男]
今でも心の"どこか"で待っている。
根腐れしきった心を照らす光を。
迷うことなく信じられる熱を。

[男]
今度こそ――

[男]
"本物のヒーロー"が現れることを。
待っている。
いつまでも、いつまでも……。

過去 3年前
ノイズ越しの景色
衛遊署の車両、警察車両が輪になって何かを囲んでいる
彼らが囲んでいたのは、ふわふわと浮く女
虹色の光彩を放つ銀髪を風にたなびかせる、異様な女だった
女の周りには、破壊された建物の残骸が、重力を忘れてふよふよと浮いていた。

[衛遊署職員]
――駄目だ、接近できない!
あの女、すばしっこすぎるぞ!

[衛遊署職員]
どうやってもふわっと抜けられる!
ああもう、
こんなのどう捕まえらればいいんだ!

[衛遊署主任]
たは~困ったな。
ウチのレールガンも避けちゃうみたいだし。

[衛遊署主任]
捕縛はムズいな。
少なくともウチらの技術でもムリそ!

[ライダースーツの大男]
……しょうがねぇ。
隊長! 
俺がこのままバイクで突っ込んで掴むってのはどうだ。

[ライダースーツの大男]
ちょうどいいガレキがある、
コイツを跳び台代わりにスタントだ。
どうしてもって言うならやるぞ!

指揮車両内では、衛遊隊隊長がモニターを睨みつけている。

[隊長]
……いや。
ヒーロー炎舞、下がれ。
制圧作戦は失敗だ。

[隊長]
ヤツの"能力"――
さながら重力操作か。
あれを無効化しなければ話にならん。

[隊長]
この場は六壬課に委ねる。
総員、後方に下がり、
非常事態に備え待機だ。

[六壬課]
――制圧作戦失敗、第三作戦に移行。
巫覡隊、東西に展開せよ!

顔を隠した和装の集団が、浮遊する女を取り囲んだ
その胸元には、警察の階級章がしっかりもつけられている

[隊長]
(……六壬課。警察唯一の対特異課。
古くから存在し、影獣が出る前から、
特異に当たってきたという)

[隊長]
(「お前たちより長らく特異を知っている」だったか。
鼻持ちならない連中だが、
"切り札"は相当強力なはず)

[隊長]
(だが、あの女の観測波……。
見たこともない波長を描いていた。
既知が未知なる存在に通じるか……)

[六壬課]
東隊、西隊、構え!
帰無界網、投擲!

網は液体のように形を自由自在に変え、ガレキをすり抜けて女に網が掛けられた。

[浮遊する女]
……!

[六壬課]
対象への着網を確認!
起動を――

[浮遊する女]
……なあにそれ。
つまんない。

女が片手を振るうと、半透明の網はピタリと空中で止まり、全て固形となって地に落ちる。
ほのかに光を放っていたそれは力尽きたかのように光を失った。

[六壬課]
……!
シールド展開、構え!

ガレキが六壬課に向けられる。
制御を失ったそれは、無造作に六壬課に放たれた。

[六壬課]
人員の被害なし、
界網の無力化を確認……!
対象の現実侵食能力は影獣並みか!

[六壬課]
――第四作戦は飛ばせ!
自衛隊到着まで動きを阻止する!
いくぞ!

[炎舞]
……おい、あれはちょっとマズくねぇか。
どうする隊長。
点数稼ぎは必要だろ?

[隊長]
迂闊に突っ込めば恰好の的だ。
最大戦力のお前が動けなくなるのは
何としても避けねばならん。

[炎舞]
だが手詰まりだろ!
あれ見えるか。

[浮遊する女]
……。

女が無表情のままガレキを放ち続ける。

[六壬課]
防護盾を構え続けろ!
ぐぅぅ……。
少しでも、少しでも押し返せ!

[炎舞]
作戦倒れだ。
あれじゃあ時間は稼げねえよ。
……俺が体張って耐えてくる。

[隊長]
やめろ!
この場は彼らに一任すると言ったはずだ。
我々はこのまま自衛隊と合流する。

[隊長]
機はいずれ来る、その時まで――
――!?

[浮遊する女]
こいつでいっか。

[六壬課の一人]
ガッ――うぐうううう……!?

女が真下にいた、盾を構えた六壬課から一人を浮かび上がらせる。
人質は、金魚のように口をぱくぱくさせ、息を奪われていることが見て取れた。
もがき苦しむ男。
空いた左手で首を幾度も幾度も、引っかいている。
右手はこわばり、シールド発生装置が稼働するも、女には効いた様子がない。

[浮遊する女]
ぺちぺちうっとうしいな。
ほら。コイツほっといたら死んじゃうわよ?
早くヒーローを呼んでよ?

[炎舞]
――クソッ隊長!
まさか見殺しにするなんて言わねぇな?
あんたはそんなやり方はしないだろうが……。

[隊長]
……。

[隊長]
(このまま退避を命じれば……。
間違いなく私は軽蔑されるだろう。
だが有力な衛遊士を失うわけにはいかん)

[隊長]
(もはや一刻の猶予もない。
非情な判断だが、ここは下がらせ、
自衛隊と歩調を合わせて戦うべきだ)

[隊長]
(だが、相手は警察の切り札をも無力化した。
もし。もし、自衛隊の兵装をも防ぐほどであれば。
最悪の場合――)

[???]
――隊長。

[???]
隊長!
聞こえますか!

[隊長]
生瀬隊員か。
側面に展開していたな。
何があった!

[生瀬宏斗]
人質を救助する作戦があります。

[隊長]
……なんだと?

[生瀬宏斗]
自衛隊が来るまで待機すべきなのは理解しています。
炎舞は万全の状態であるべきということも。

[生瀬宏斗]
……けれど能力のルールを突けば、
人質を助けられるかもしれない。
士気の維持のためにも救助すべきです。

[生瀬宏斗]
この作戦では誰かが彼女に接近する必要がある。
――俺が行きます。
俺が負傷する分には作戦展開への影響は無い。

[隊長]
何を言っている!
無謀な行為は許可できん。

[生瀬宏斗]
炎舞は誰かを見殺ししない、できない!
あの人はそういう人です。
たとえ貴方に止められても絶対に動く!

[隊長]
……。

[生瀬宏斗]
だったらもう、打てる手を打つべきだ。
俺には手立てがある。
必ず成し遂げてみせる。

[生瀬宏斗]
隊長。
――決断を!

<hr>

[警察の一人]
ハッ……ァ…………ゥゥ……
……!……!

[浮遊する女]
何も起きない、か。
がっかりだな……。
終わりにしちゃいましょっか。

[炎舞]
――おい女!
お望みのヒーローはとっくの昔にいるぞ!
最強だが生憎飛べないタイプでね!

[炎舞]
そんなとこ浮いてないでさっさと降りてきな。
まったくフェアじゃねえな。
それとも俺に負けるのがそんなに嫌か?

[浮遊する女]
やっすい挑発。
意味ないわよ、そんなの。

[炎舞]
そうか、そうか。
それじゃあ……しゃあねえな?

[炎舞]
野郎ども!
ヤツにだけ当たるように投げてやるから、
――チビんなよ!

炎舞が巨大なガレキを掴むと、羽のように軽々と持ち上げる
コンクリートの塊、鉄骨、体をはるかに超える大きさの残骸……。
続々と掴んでは、女に向かって猛烈にブン投げ始めた。

[六壬課]
な、なんという怪力……!
あんな重さのものを、
まるで球遊びのように……。

[六壬課]
あれが最前線の衛遊士、か。
あの剛力。
確かに我らでも持ち得ぬものだ。

[六壬課]
だがアレに投げつけたところで
容易く防がれるぞ。
どうするつもりだ……。

[浮遊する女]
はいはい、
ムダよムダ。

女が手をかざすと、投げつけられたガレキはたちまち停止する。
それを延々と繰り返すうち――
女の周囲にあったガレキが落ち始めた。

[炎舞]
ハハッ!
読み通りに動いてくれてありがとよ!

[炎舞]
――"上限"だ!
出番だぞ、ヒーロー!

<hr>

[隊長]
あの能力には限界がある、か。
一般的に、特異は己に課したルールに縛られる。

[隊長]
認識の皮膜がなければ特異は具現化できない。
自身を定義し、定義した枠に収まらなければ、
浸透圧のように現実世界へ拡散してしまう。

[衛遊署主任]
よーするにー。
特異はキャラ崩壊すると自分も崩壊しちゃうこ。
「ワタシは誰?」ってなっちゃうのね。

[衛遊署主任]
人間の幽霊がドラゴンになれないように、
浮いてる彼女だって、定義を越えた力は発揮できない。
そういうことっしょ?

[隊長]
あの女が特異かどうかははっきりしていない。
だが現実侵食が起きている以上、
その能力は特異に起因するはずだ。

[隊長]
「底なしに見える能力にも隙がある」
という生瀬隊員の考え自体に
概ね間違いはないだろう。

[隊長]
指摘した"脆弱性"が、
本当にあるのかまではまだわからんが……。

[隊長]
どちらにせよ、この作戦には接近が必要だ。
主任。もし能力を越えるほどの物体が向けられれば、
先に浮かしていた物体はどうなると思う。

[衛遊署主任]
そりゃ落ちるでしょーね。
余裕がない状態で、力を身を守るほうに回すんだ。
いらないものはカットされるのが道理だもん。

[衛遊署主任]
でもそれだけじゃダメ。
人質クンにはあちらさんも気を付けているだろうし、
うっかり解放するってことはないないな~。

[隊長]
実行には、能力の弱体化は不可欠。
どの程度の負荷で変化が起きるかは
検証してみないことには――

[炎舞]
それはやりながら試せばいい。
アイツを手一杯にして、介入する余地を作る。
前提はそれで十分だな?

[隊長]
……。

[衛遊署主任]
たはは、ゴメンゴメーン!
後から説明すんの面倒だったから、
炎舞クンにもささっと繋いじった!

[炎舞]
小言は聞かねえ。
役割分担は分かり切ってるな?

[炎舞]
俺は力任せが大の得意でな。
で、跳びまわったり、小回りが必要なことは苦手。
だから……大一番はお前に譲ってやるよ。

[炎舞]
日陰者が、
やっと日の目を浴びるときが来たんだ。

[炎舞]
こう言っちゃなんだがな、
お前ほどこの場に向いてるヤツはいねえよ。
――しっかりやれよ、宏斗。

<hr>

[生瀬宏斗]
……。

[生瀬宏斗]
(思えば、彼女の能力は極めてシンプルだ。
重量問わず物を浮かす。指向性を与えて放つ)

[生瀬宏斗]
(それともう一点。
自分に投げられてきたものを彼女は"落とした"。
六壬課から投げられた網を空中で操作している)

[生瀬宏斗]
(運動エネルギーを操る力か、質量操作か――
どれであっても強力な能力だ。
特異だとしても発動には負担がかかるだろう)

[生瀬宏斗]
(だから強力な能力に反して、
瓦礫をぶつけるという単純な攻撃方法になるんだ。
敵を追尾までしようとすればガス欠を起こす)

[生瀬宏斗]
(一方、浮いている状態を保つだけなら、
操作ほどの労力はかからないんだろう)

[生瀬宏斗]
(わざわざ瓦礫を浮かして
飛び道具から身を守っているのは、
気が逸れて能力を解除されるのを恐れている)

[生瀬宏斗]
(――それだけじゃない。
いくら燃費が悪くとも、
空中を飛び回れるのに浮遊物を増やすのは悪手だ)

[生瀬宏斗]
(動ける範囲を自ら狭める理由。
その理由はたった一つ)

[生瀬宏斗]
なら、やるべきことは明確だ――

<hr>

[衛遊署主任]
急ごしらえだけどさあ、
しっかりやんなよ!

[生瀬宏斗]
ああ、ありがとう。
――行ってくる!

腕に器具を着けた白い"ヒーロー"が、主任に見送られながら、女を見下ろせる高さのマンションから跳び立つ
浮いているガレキに足をかけながら、急速に下降し始めた

[炎舞]
オラッまだまだ行くぞォッ!

[浮遊する女]
……。
また小細工か。

浮遊する女が炎舞から目を背ける
そして降りてくる宏斗を"見た"。

[衛遊署主任]
――マズイッ来るよ!

[生瀬宏斗]
一つめ!

浮遊物を蹴り、放たれたガレキを避ける。

[生瀬宏斗]
二つめ、三つめ、
次……四つめだ!

2つ目のガレキを身を逸らして避け、3つ目のガレキに――棘のついた手甲でひっかけながら――体を留め、4つ目が飛来する方向とは逆側から駆け降りた。

[衛遊署主任]
(新作のスパイクグローブ!
あんな変なの使うヤツいないと思ってたのに!)

[衛遊署主任]
(炎舞クンの"言ってたこと"、マジだったんだ。
生瀬のこと……
試作品マニアくんなんて呼んでたけど)

[生瀬宏斗]
ブースター、起動!

[生瀬宏斗]
次はワイヤーだ!
――行けっ!

5つ目を足のジェットブースターで軌道を変えて避け、6つ目は動きを読みまっすぐ落ちることで回避する
7つ目は浮遊物にワイヤーを放ち、ブースターを起動させたまま無理やり機動を変えた。

[衛遊署主任]
(たは、こりゃまいったな。
あの子、本当に全部使いこなせるんだ。
……いくつあると思ってんだ、バケモノかよ)

[浮遊する女]
チッ……
蠅がうざったいわね。

[炎舞]
そっちばっか気にしてんじゃねえよ!
俺とドッチボールしてな!

[浮遊する女]
だあもう、うるさいわね!
右に左にジャマよジャマ!

[生瀬宏斗]
(先輩が彼女の能力のリソースを
削り続けているおかげで、
単調な攻撃しか来ない!)

[生瀬宏斗]
(多少無防備になってでも、
彼女がこちらを集中的に狙ってくるのが
最悪のパターンだった)

[生瀬宏斗]
これならいける……!

宏斗が人質の真上付近まで接近する。

[浮遊する女]
――!

そして――ブースターで軌道を変え、浮遊する女と人質の間にあった"空間"を刀で切り裂いた。
女の頬に血が一筋垂れる。
宙づりになっていた人質は解放され、衛遊署職員に受け止められた。

[衛遊署職員]
人質救助!
救護班、後は任せたぞ!

[生瀬宏斗]
良かった!
あとは……。

[炎舞]
……あの女と追いかけっこってとこだな。
こっちはもう弾切れだ。
ここまで来たんだ、最後まで付き合いな。

[浮遊する女]
……。

[浮遊する女]
……。
……。

女がパチンと指を鳴らすと、すべてのガレキが地に落ちる
そしてゆっくりと地へと舞い降りた。

[浮遊する女]
ねえ。
なんで"わかった"の?

[生瀬宏斗]
……!

[浮遊する女]
なんで"わかった"のか、
教えてくれない?

[生瀬宏斗]
……お前は。

[炎舞]
――宏斗! 人型特異と話をするのはやめておけ。
こういうヤツはロクでもないんだよ、
何を考えてるかわかったもんじゃない。

[炎舞]
命乞いでもされてみろ、
一生引きずる羽目になるぞ。

[浮遊する女]
ちょっとまな板の鯉のくせに失礼ね!
質問には答えを返すべきでしょ?

[浮遊する女]
私、フェアじゃないって言われたから、
この私がわざわざ降りてやったのよ?
誠意ってものがあるんじゃないの?

[生瀬宏斗]
……わかった。
答えよう。

[炎舞]
あーあー。
やれやれ、真面目ヤローがよ。

[生瀬宏斗]
君の特異としての能力は、
重量操作、質量操作に近しいものだと思っている。

[生瀬宏斗]
重力操作だとすると、
地面に引っ張られる力、引力だけで
ガレキを放つのは難しい。

[生瀬宏斗]
運動エネルギーを操作するにしても、
あれだけの物量を
無造作に動かすのは非効率的だ。

[生瀬宏斗]
単なる強力な念動力とも考えられるが……
さすがに動きが単調すぎる。
それなら物をぶつける以上のことができる。

[炎舞]
ま。俺も念動力持ってたら、
もっと創意工夫したろうしな。
ただの剛腕じゃあぶん殴るだけで花が無くてね。

[生瀬宏斗]
重量操作なら、
場にあるモノから
高速の飛翔体が簡単にできる。

[生瀬宏斗]
一度ついた加速度は重さで変化しない。
目についたモノを羽のように軽くして弾いたあと、
元の重さに戻せばいい。

[生瀬宏斗]
モノを軽くさえしてしまえば、
"浮遊する"、"放つ"――
どちらも特異が持つ最低限の念動力で十分実現できる。

[生瀬宏斗]
これが最も効率のいいやり方だったんだ。
だから安全圏からガレキの射出をやり続けた。
違うか?

[浮遊する女]
ふふん。
だって重いもんぶつけるだけで、
アンタたちにとっては脅威でしょ?

[浮遊する女]
手抜きで十分遊べると思ったから、
これでやったのよ。
こんなのでもアタフタするんだから面白いわ!

[炎舞]
ロクでもねえ特異女だこと。

[浮遊する女]
私を有象無象な特異と同じにしないでちょうだい。
だいたい、質問の答えになってないわよ。
私は"なんでわかったの"って聞いたの!

[浮遊する女]
――私の元にたどり着いたとき。
アンタ、まっすぐ人質に向かわずに
私の"見えざる腕"を切ったでしょう。

[浮遊する女]
なんでそこに腕があるって、
腕で掴んでるんだって"わかった"の?
そういう能力なのかしら?

[生瀬宏斗]
見えていたわけじゃない。
ただ――"空気"がおかしかった。

[浮遊する女]
……空気?

<hr>

[六壬課の一人]
ガッ――うぐうううう……!?

もがき苦しむ男。
空いた左手で首を幾度も幾度も、引っかいている。
右手はこわばり、シールド発生装置が稼働するも、女には効いた様子がない。

[浮遊する女]
ぺちぺちうっとうしいな。
ほら。コイツほっといたら死んじゃうわよ?
早くヒーローを呼んでよ?

<hr>

[生瀬宏斗]
人質が宙に浮かばされて
窒息していたとき、
彼はずっと首を引っ掻いていた。

[生瀬宏斗]
だが、息ができないなら
無意識に胸や腹を抑えて、
より体に空気を取り入れようとするはずだ。

[生瀬宏斗]
首を抑える動きをするのは、
気道に物がつかえているとき。
それと――誰かに首を締められているときだ。

[生瀬宏斗]
だから、そこに"掴んでいる何か"が
あるんじゃないかと思った。
たとえば、第三の腕とかな。

[浮遊する女]
……着眼点は面白いわね。
でも咄嗟に首を抑えただけかもしれないじゃない。
それだけじゃ理由としては弱いわ。

[生瀬宏斗]
腕があったと思う根拠はもう一つある。
君の能力の射程は
見た目より遥かに短いんじゃないか?

[浮遊する女]
……。

[生瀬宏斗]
そう思ったのは、
君が自分の周囲に
常にガレキを浮かべていたことだ。

[生瀬宏斗]
移動の邪魔になりかねないのに、
自分の傍にガレキを浮かべていたのは、
遠くのガレキまで能力が届かないからだ。

[生瀬宏斗]
自分のすぐ近くにあるものしか操れない。
だから人質も、隊長格を選ばず、
自分の一番近くの人間を選んだんだ。

[炎舞]
成程な。あのガレキは盾ってだけじゃなく、
弾倉でもあったわけか。
傍にあれば弾としていつでも放てる。

[炎舞]
遠くに手が届かないなら、
事前に拾っておけばいい。
言われてみれば簡単な理屈だな?

[生瀬宏斗]
能力の射程を誤魔化すという点でも、
ガレキの射出は優秀だ。
遠距離にも届く能力だと誤認させられる。

[生瀬宏斗]
――ここからは俺の憶測だ。
君の能力は、見えない手が触れたモノの
重量を操作できる力じゃないか?

[生瀬宏斗]
君がどれほど強力な特異であっても、
その能力が無制限に
発動できるとは思えない。

[生瀬宏斗]
強い力には必ず、トリガーと制約がある。
トリガーは見えない手で触れること、
制約は手の範囲外には文字通り手が出せないこと。

[生瀬宏斗]
……人間の腕は二対ある。
見えない右腕と左腕が、
君の能力の正体だ。

[生瀬宏斗]
人質を掴んでいたとき、
シールドをうっとうしがっても対処しなかったのは、
片手を空けておく必要があったからだ。

[生瀬宏斗]
だけど片手だけでは、
2方向から来る先輩と俺に対処しきれなかった。
だからキャパシティーオーバーした……。

[生瀬宏斗]
そう思ったから、
掴んでいる腕があるだろう空間を切った。
特異の一端なら、装備の刀で斬れる。

[生瀬宏斗]
……これで、納得したか?

[浮遊する女]
……。

[浮遊する女]
アンタ、本当にヒーロー?
考え方がタクティクスすぎるんだけど。
実は人造人間とか元ヴィランだったりする?

[生瀬宏斗]
いたって普通の人間だよ。
たぶん、この場にいる誰よりもな。

[浮遊する女]
ふうん、私にちょっかい出した連中とは
ずいぶん毛色が違うのね。
へえ……面白い!

[炎舞]
ハハ、変わり者だってことは保証してやるよ。
長いお喋りにも付き合えるヤツだ。
――"時間稼ぎ"も得意だしな。

気が付けば、浮遊する女はすでに自衛隊に囲まれていた
女を、半透明の青い檻が包んでいる。
対特異銃が向けられ、いつ蜂の巣になってもおかしくない状態だ。

[自衛隊]
アンカー投錨完了!
Nu波の固定化を確認した。
これより強制帰無を開始する!

[隊長]
生瀬、炎舞。
よく気を引き続けてくれた。
これでヤツを捕捉できる!

[浮遊する女]
ふーん、なるほどね。
コイツラが一応本命ってわけ?
……。

[浮遊する女]
――ねえ、私の腕を切ったアンタ。
名前を教えなさい?

[生瀬宏斗]
……俺の名前か?

[浮遊する女]
そうよ。有象無象には興味ないけど、
この私に地に足着けさせた
ヒーローの名前だけは覚えておいてあげる。

[生瀬宏斗]
餞別に教えてやりたいが、俺にヒーローとしての名はない。
……強いて言うなら、
この装甲は光雅原型と呼ばれてるよ。

[浮遊する女]
光雅……。
ヒーロー、『光雅』ね!
バッチリ覚えたわ!

檻の青い光はみるみる強まる。
が、浮遊する女が、指をパチンと鳴らした。

[自衛隊]
――ッ!?

浮遊する女を包んでいた檻が、粉々に砕け散った。
そしてくるっと飛び回ると、すべての銃もまた「見えざる手」で砕け散る。

[隊長]
……な。
……何ということだ。

[浮遊する女]
悪いけどその程度じゃ、
私は捕まえられないのよね。
あはははは!

[浮遊する女]
さあ、ヒーロー役も見つけたし、
「悪の組織ごっこ」を
始めましょうか!

[ドラベッラ]
我が名は、そうね――
「ドラベッラ」

女がもう一度指を鳴らすと、その姿がたちまち変わる
白い肌着が一転して、禍々しくも既視感のある、まるで「悪の組織の幹部」のようなものに変化した。

[ドラベッラ]
あなたに恋するドラベッラ、よ!
あー! 早く組織員を集めなきゃ!
とってもワクワクするわ……!

[ドラベッラ]
我が宿敵、『光雅』!
ここはあなたに勝ちを譲ってあげる。

[ドラベッラ]
――また会いましょう!
あははは!

ドラベッラが高速で飛翔する
その動きは、抑えていた力を全て解放したかのよう。
そして空高く舞い上がって、一瞬で見えなくなった。

[自衛隊]
た、対象、索敵範囲から消失!
広角レーダーを起動だ!
急げ!

[炎舞]
……逃げたって感じじゃねぇな。
なんだったんだ、あいつは。

[生瀬宏斗]
……。

[生瀬宏斗]
(ドラベッラ――
彼女が何者かはわからない)

[生瀬宏斗]
(だけど予感がする。
因縁が始まったような、
これまでの何かが、不可逆に変わるような)

[生瀬宏斗]
(そんな予感が……)

<hr>

大量の新聞記事とネットニュースの切り抜きが、並べられている

[*]
『人型大特異災害、出現』
本日未明、「ドラベッラ」を名乗る
人型大特異が綾森市に出現しました。

[*]
対応にあたった衛遊士含む13名が軽傷。
人型特異は逃走し、
現在は特対庁が追跡にあたっています。

[*]
『大特異災害再襲来』
本日未明、人型特異「ドラベッラ」が
綾淵区に出現しました。

[*]
これを受け衛遊署職員が出動。
ドラベッラは「光雅」の出撃をしきりに要求し、
該当職員含む対策チームが――

[*]
『ドラベッラ、綾森公園に出現』
本日未明、人型特異「ドラベッラ」が
怪人とともに綾森公園を占拠しました。

[*]
これを受け衛遊署職員が出動。
衛遊士「光雅」率いる対策班が怪人を撃破、
ペンキで汚れた公園の復旧を行いました。

[*]
『採石場砦、不法占拠される』
本日未明、悪の組織カタストロフを名乗る集団が
採石場に認可を得ず砦を建設しました。

[*]
声明によると「ヒーローどもよ、
この採石場は我々のものになった。
解放したくばすぐに来なさい。いいわね!」とのこと。

[*]
『採石場砦崩壊』
本日未明、悪の組織カタストロフを名乗る集団が
建設した砦が崩壊しました。

[*]
出撃した衛遊士によると、
「怪人を倒し終わったら自爆スイッチを押して、
楽しそうにどこかに飛んでいった」とのことです。

[*]
特選コラム:ドラベッラは何者か?
ドラベッラは特異とされていますがね、
そのわりにはあまりにも存在が強固すぎるんですね。

[*]
じゃあなんなのかって言われたら、う~ん。
悪の組織カタストロフは宇宙から来た設定だそうですが。
なんなんでしょうね。この人たち。

[*]
『ドラベッラ対光雅、激闘!』
本日、ドラベッラが宣言通り
エテ公公園に出現。
ヒーロー光雅が一騎打ちに挑みました。

[*]
注目を集める中、光雅が見事勝利!
ドラベッラが敷いたルールの元とはいえ、
勝利を収めた光雅には惜しみない拍手が送られました。

[*]
ドラベッラは「覚えてなさーい!」と
いつものように撤退。
次の再戦はいつになるのか、楽しみですね。

[*]
『ベストヒーロー総選挙』
ブライトソー、リベリオンを抑え、
本年度のベストヒーローに輝いたのは……

[*]
やっぱりこのヒーロー「光雅」!
光雅の目の黒いうちは、
カタストロフやドラベッラの好きにはさせません!

[*]
『人型特異ドラベッラ、セフィーム社社屋を破壊』
――私たちはね、彼女が恐ろしい存在だってことを、
すっかり忘れていたんです。

[*]
『人型特異ドラベッラ、消失か』
本日未明、人型特異ドラベッラが衛遊署前に出現。
日本からの撤退を宣言しました。

[*]
職員によりますと「すぐに戻ると語っていた」
とのことですが、存在波の消失が確認されており、
帰無したかについては特対庁が調査チームを組んで――

[*]
『衛遊士試験内容の見直し』
『装甲:光雅を生み出した天風重工に突撃取材』
『セフィーム社代表辞任』――

<hr>

[*]
『光雅、電撃退署!?』
本日、衛遊署より衛遊士「光雅」の
退署が発表されました。

[*]
衛遊士として活動は続けるとのことですが、
無期限の自粛を宣言しており、
トップヒーローの事実上の引退に衝撃が――

[新聞を読んでる女]
う、嘘よ……。
そんなのありえない……。
光雅が、あの光雅が引退してるですって!?

[新聞を読んでる女]
この私が! せっかく!
わざわざ帰ってきて
やったっていうのに!?

[新聞を読んでる女]
ん……。
ん……。
ん……!

[ドラベッラ]
んなわけ、あるかッーーーー!!!

小路に潜む隠れ家カフェ。
そこには1人の男子高校生と、1人の店員。
そして、なんだか若干ドラベッラに似てる気がする、ツーサイドアップの黒髪少女がいた。
というか、変装してるだけのドラベッラである。

[ドラベッラ]
なーんで光雅が辞めてるのよ!
私散々、首を洗って待ってなさいって言ったのに
聞こえてなかったのかしら!?

[???]
そりゃそうっスよ。

ドラベッラ(人間形態?)の胸に輝くのは、エビのような大きなブローチ。
そのブローチが手足をバタバタさせながら、ドラベッラに答える。

[エビバンチョー]
ざっと数えて、ひい、ふう――
もう2年弱くらい経ってるっス。
さすがにもう来ないと思われても無理ないっスよ。

[ドラベッラ]
な、なんで四季がもう2回も巡ってるのよ!?
いくら何でも早すぎない?

[エビバンチョー]
呑気にバカンスしてたからじゃないっスか?

[ドラベッラ]
……。

[エビバンチョー]
いたたたたた!
お嬢! つねらないでほしいッス!
暴力では何も変えられないっス!

[ドラベッラ]
ふん、口ばっかり達者なんだから。
ちょっと――少年。
直少年!

[直少年]
……ん?
どうかした?

ドラベッラの相席にいるのは、直(すなお)少年。
年不相応に幼い雰囲気の、いかにも素直そうな高校生だ。
嬉々として、ヒーロー記事を並べている。

[ドラベッラ]
光雅が引退なんてするわけがない。
アンタだって、
絶対おかしいって思うでしょ?

[直少年]
もしかして……光雅談義!?
うんうんうん、僕もそう考えてるよ!

直少年はネットニュースの切り抜きの一偏を拾い上げる。

[直少年]
ヒーローの引退理由は
ピークを過ぎたからとかケガとか、
人気低迷、色々あるんだけど……

[直少年]
光雅の場合、どれも当てはまらなさそうなんだ。
色んなメディアがこぞって調べたけど、
核心に迫るものはなかったみたい。

[直少年]
最有力説は、
「宿敵のドラベッラを倒したから」だって。

[直少年]
光雅の飛躍はドラベッラから始まったからね。
無能力の補佐衛遊士が一転、
宿敵との戦いを得てトップまで登り詰めた。

[直少年]
でも光雅って表に出たがらないヒーローだったし、
ライバルが消失したって聞いて、
サッと身を引くのもあり得る話かも。

[ドラベッラ]
(むう……
私はここにいるのに。
まったく迷惑な連中ね)

[直少年]
でもね、僕は違うと思う!
だって光雅はみんなの期待に応えようとしてたし、
怪人退治にも熱心だった。

[直少年]
ドラベッラがいなくなったからって、
戦うのを止める人じゃないよ。
きっと大きな理由があるんだ。

[直少年]
それにね、ドラベッラだって消失してないと思う。
ちょっとヘンな人だったけど、
あれほどの存在が急に消えたりしないよ!

[直少年]
絶対ドラベッラは決着をつけにくる!
で、 光雅も戻ってくる!
二人の勇姿をまた見るのが僕の夢なんだ!

[ドラベッラ]
す……。
直少年……。

ドラベッラはすっと席から立ち上がる。
そして少年と……熱い握手をした。

[ドラベッラ]
――素晴らしいわ。
貴方はサイコーの魂を持ってる。
まあ光雅には二段劣るけど。

[ドラベッラ]
ふふん、いいわ。このドラベッラが直々に
カタストロフ入団の推薦状を書いてあげるわ!
ひれ伏して感謝するのよ?

[エビバンチョー]
(ちょ、ちょっとお嬢!
さすがにそんなに話したら
"解ける"――)

[直少年]
ドラベッラ、カタストロフ?
あれ。
そういえば僕、なんでこの人と話を……

[ドラベッラ]
ヤヤヤヤヤッバ!
少年!
"ドラベッラがこんなところにいるわけないでしょ!"

[直少年]
え?
でもさっきドラベッラって。

[ドラ子]
フッ……。
まったく、どうしちゃったの?
私の名前はドラ子よ。

[直少年]
う、うん? そうだよね?
ハハハ……。
あーはずかし、なんか変な勘違いしてた!

[エビバンチョー]
(ドラ子なんスか?)

[ドラベッラ]
(おだまり。
貴重な情報源を失うわけにはいかないでしょ!)

[ドラベッラ]
(署のやつらに勘付かれたら面倒だし。
このあたりじゃコイツが一番、
ヒーローに詳しそうなんだから!)

[エビバンチョー]
(……まー確かにこの子。
珍しいっスよね)

[直少年]
ドラベッラについてずっと考えてたから、
変なこと思いついちゃったのかな?

[エビバンチョー]
ほら、催眠もしてないのに、
もうドラベッラじゃないって思い込んでる。
これ、本当に何もしてないんスよね?

[ドラベッラ]
当たり前じゃない。
私ぐらいすっごい存在なら、
圧だけで認知を歪めるなんて造作もないわ。

[ドラベッラ]
でも、こんなに効いたのは初めてね。
ここまで特異の影響を受けやすいなら、
ヒーロー様にスカウトでもされてんじゃない?

[エビバンチョー]
あー、特異の影響受けやすいと
強い能力付くって聞きますもんね。
逆光雅ッス。

[カフェの店員]
お客様~!

黒い髪を後ろに括った、かるそうな雰囲気の店員がトレイ片手にやってくる。

[カフェの店員]
オレお手製、
ウルトラロイヤル苺パフェ!
ただ今お待ちしましました~!

[直少年]
お、ありがと真壁兄ちゃん!
このパフェ絶品なんだよ〜。

[カフェの店員]
そちらのカワイイ"お嬢さん"も、
どーぞ?
これマジ旨いから!

カフェの店員が、ドラベッラの前にパフェを差し出す。

[ドラベッラ]
……。

ドラベッラは店員を見やると、無言でパフェにスプーンを刺し、1口食べた。

[ドラベッラ]
それで、続きは?
ドラベッラがどうのって
言ってたわよね。

[直少年]
あ、実はね。
ドラベッラが身を隠したのは、
セフィリカ社のせいって説があるんだ!

[ドラベッラ]
へえ?

[直少年]
セフィリカ社といえば金の亡者……!
自分たちさえ良ければ
何でもござれな集団だからね!

[直少年]
噂をすれば……
あれあれ!

直少年が窓の外を指さす。
そこには怪人を追い回すヒーローがいた。

[シャインブルー]
うわあああ! この怪人も強いよー!
ふ、二人とも!
今回もやっぱり撤退しない?

[シャインレッド]
何言ってんだ! 
今回も逃そうもんなら、俺たち降格だぞ降格!
甲殻類だけに!

[シャインピンク]
はあ……。
なんで私たち、
甲殻類にばっか縁があるんだろ……。

[怪人カニマミレー]
ハッハッハ!
この激滑りシャボンブレスがある限り、
貴様らは常時すってんころりんだカニ!

[シャインレッド]
や、やめろ!
もう遅延行為をするな!

[怪人カニマミレー]
そーれカニカニー!

[トリプルシャイン]
わああああああ!!

カニ怪人の泡ブレスでヒーロー3人組が流されていく……。

[直少年]
セフィリカの雑魚怪人狩り、
通称"レベル上げ!"

[直少年]
あの人たち弱いから、
普通に死闘になっちゃってるけど……。
ほら、あれ!

離れたところに、セフィリカのマネージャーが立っている。

[マネージャー]
Nu値100以下でこのザマですか。
ハア、とっくの昔に足切りラインですが。

[マネージャー]
近隣に特異発生の予兆なし――
このあたりの怪人は狩り尽くしましたね。
早く終わるのを待ちましょう。

手にしたNuレーダーで周囲を確認していた。

[直少年]
ああやって怪人退治を独占してるんだ。
人気のヒーローを目立たせるために
周囲を封鎖したりするんだよ。

[直少年]
ドラベッラにだって、
光雅との戦いに横やりを入れたり、
好き勝手に宣伝材料に使ったり……。

[直少年]
そんなことばっかりされてたから、
ある日セフィリカ社に攻撃をかけて、
それから姿を見なくなっちゃったんだ。

[直少年]
――ドラベッラ、
やっぱり人間に幻滅しちゃって
表に出るのやめたのかなあ。

[エビバンチョー]
(そのドラベッラは
目の前にいるんスけどね)

[エビバンチョー]
しかし、セフィリカ社スか。
俺、途中から生まれたから
当時のこと知らないんスけど。

[エビバンチョー]
特異を独占するって、
なかなかやり口が姑息っスね。
昔からこんなんだったんスか?

[ドラベッラ]
……。
これが、"あの"セフィリカ社?。

[ドラベッラ]
全然違うじゃない。
あまりにも――
"マトモ"になりすぎてる。

[エビバンチョー]
マ、マトモ?
やってること、
地味にエグい気がするんスけど。

[ドラベッラ]
昔のセフィリカ社だったら、
こんな雑魚ヒーローに
手間暇かけたりしないわよ。

[ドラベッラ]
怪人を放置して深化させる。
そして、
自社の人気ヒーローで袋叩きにする。

[ドラベッラ]
そんなところだったのよ?
セフィリカ社は。
こんな生温いやり方なんてしないわ。

[エビバンチョー]
ヒィッ!
俺ら怪人にとって
最悪の所業じゃないスか……!

[ドラベッラ]
あの頃はまだ
アンタはいなかったわね。
知らないのも無理ないか……。

[ドラベッラ]
セフィリカ社は圧倒的な資本力で
ヒーロー界隈を牛耳ってた。
典型的な悪のカンパニーってヤツね。

[ドラベッラ]
ま、私の敵じゃなかったけどね?
群体の怪人でセフィリカを釣って、
集合合体してボッコボコにしてやったわ!

[ドラベッラ]
いや~傑作だったわ、
「ドラベッラ」どころか怪人に、
コテンパンにされた連中のあの顔!

[ドラベッラ]
こういう瞬間があるから
悪の女幹部ってやめられないのよね~!
オーホッホッホ!

[エビバンチョー]
(で、出た。
お嬢の古典的すぎる高笑い!)

[直少年]
ドラ子さん、すごい!
まるでドラベッラ本人みたいな
堂に入った高笑いだ!

[ドラ子]
オッおほん。
ま、まあ、直少年。

[ドラベッラ]
――ドラベッラはね。盤上で遊ぶなら、
何しても、されても、構わないの。
それって"フェア"だもの。

[ドラベッラ]
セフィリカを攻撃されたのは、
お抱えヒーローが脅しなんて、
"お約束破り"をしたからよ。

[ドラベッラ]
くだらない存在が、変身前のヒーローを攻撃する。
そんな展開は冗長でつまらないでしょ?
それだけ。

[ドラベッラ]
直少年。
世の中には清濁あるの。
濁りの部分にだけ気を取られちゃいけないわ。

[直少年]
ドラ子さん……。

[エビバンチョー]
お、脅しって。
何があったんス?

[ドラベッラ]
別に大した話じゃないわよ?
落ち目のヒーローが、
弱小ヒーローと八百長にしようとしただけ

[ドラベッラ]
気に食わなかったから
ちゃちゃ入れたけどね。

[エビバンチョー]
(迷惑なお人だなあ……)

[直少年]
……。

[ドラベッラ]
ま、ドラベッラだってね?
セフィリカ製1/8フィギュアが販売されて
悪い気はしてなかったみたいだし?

[直少年]
なんだろ、この気配……。

[ドラベッラ]
ヒーローものなら悪の組織はもちろん、
拝金主義の悪のカンパニーも
あったほうが楽し――

[直少年]
――行かなきゃ!

直少年が、カフェから勢いよく飛び出していく。

[カフェの店員]
直!?
ちょっ、外は危ないから出んなって!

[エビバンチョー]
ウワッ!?
お、お嬢、どうすんスか?
情報役どっか行っちゃったスけど。

[ドラベッラ]
あー。
あの子も"アレ"に気づいたか。
勘が良すぎるのも大変ね。

[ドラベッラ]
店員さん、私が見てきてあげるわ。
貸しにもしてあげない。
せいぜい感謝だけするのね?

[カフェの店員]
へ?
あ、ああ。
……んじゃ、お任せしますケド。

[エビバンチョー]
お嬢、人助けでもするんで?
何の得もなさそうなのに。

[ドラベッラ]
細かいことはいいの。
――行くわよ!

ドラベッラがふわりと浮いて、空きっぱなしのドアから出ていく。
その後ろ姿を店員が見送った。

<hr>

喫茶店から離れた場所。
へとへとになったトリプルシャインズが座り込んでいる。

[シャインレッド]
ああ、やっと、
やっとなんとかなった……。

[シャインピンク]
甲殻類はコリゴリだわ。
もー早くウチ帰って
シャワー浴びたい!

[シャインブルー]
僕らどうでしたかね?
まだ席は残してもらえますよね?
ね? ね!

[マネージャー]
……はあ。
一応ノルマは果たしましたからね。
(ギリギリだけど)

[マネージャー]
(審査は残り2組。
普通レベルの怪人が妥当か。
早くご報告しなければ)

[マネージャー]
――おや?

Nuレーダーが一瞬、異常に高い値を示す。
しかしすぐに、元に戻った。

[シャインブルー]
あの~なんかあったんですか?
もも、もしかして
僕ら失格で……!?

[マネージャー]
考え事をしていたまでです。
さっさと引き上げます。
いいですね?

[トリプルシャイン]
ア、アイアイサー!

[マネージャー]
(異常な値を示したのは、
先ほどの喫茶店の付近――
ふむ、流される前にいた所ですね)

[マネージャー]
(このレーダーも随分古い。
発生時の反応が遅れて出ましたか)

[マネージャー]
……次期社長に装備の更新を打診しましょう。
こんな反応、
あり得ませんから――

<hr>

[直少年]
(セフィリカの奴ら、
いい加減な仕事して!
さっきすっごい嫌な感じがしたのに)

[直少年]
変な特異がいたら
通報しなきゃ!
うーん、この辺りかな?

喫茶店のはす向かいにある、混み入った路地。
細く薄暗い道を、少年は進んでいく。

[直少年]
(やっぱり背筋がぞわぞわする感じがする。
出現したり、消えたりしてるような?
姿だけでも確認しとこ……!)

横道とは呼べないような、建物の隙間。
そこにそっと覗きこんだ。
薄暗闇にいたのは、大きな目玉だった。
空を呆然と見つめている。

[ナニカ]
……。

[直少年]
(いた! 目玉だけが浮かんでる。
もしかして妖怪系の特異?
見つからないように下がって――)

[ナニカ]
ミゃーん。

[直少年]
……へ?

直少年が見ていたのは目玉ではなかった。
目玉のついた黒い尻尾が、徐々に姿を現す
その尻尾は、直少年の背後まで続いており――尻尾の先に巨大なナニカがいた。
百目鬼のように全身に目があるソレが、そのすべての目が、少年を背後から見つめていた。

[ナニカ]
縺セ縺」縺ヲ縺翫>縺ヲ縺九↑縺?〒。

[直少年]
え。
な、なんで。
気配なんて何も――

[ナニカ]
繧上l繧偵◆縺吶¢縺ヲ。

ナニカが大きな口を開けて、直少年に食らいつく――
瞬間、黒い弾丸のような女が突っこんで、ナニカの横頬を蹴りつけた。

[ナニカ]
ミニヤアアアアアアア!?

[ドラベッラ]
――ふう、少年!
危機一髪だったわね。
私がいれば余裕だけど!

[エビバンチョー]
と、飛ばしすぎっスよ!
俺もう目くらくらで!

[ドラベッラ]
あら残念ね。
もう少し暴れるから、
諦めて付き合いなさい。

[エビバンチョー]
そ、そんなあ!

[直少年]
ドラ子さん!?
一体どうして……。

[ドラベッラ]
どうしても何も、
アンタと同じ。
あそこにいるのを感じ取ったのよ。

[ナニカ]
フシャアア……。

[ドラベッラ]
あの消えたり消えなかったりするの、
初めて見るわね。
最近はああいう特異が流行ってるの?

[直少年]
そ、そんな訳ないよ!
たぶんアレ新種だよ、
こんなの見たことない!

[エビバンチョー]
俺もさっきから、
目の前にいるのに捕捉できないっス……。
これ、本当に特異っスか?

[ドラベッラ]
正体なんてどうでもいいのよ。
コイツは私の邪魔をした。
ぶっ飛ばすには理由は十分じゃない?

[ドラベッラ]
付き合ってあげる。
――遊びましょう!

ドラベッラが指を鳴らすと、黒い髪がみるみる銀髪に変わる。
いわゆる悪の女幹部のような――しかし禍々しさのある衣装に早着替えした。

[直少年]
えっえええええええええ!?
ドラベッラ!?
ドラベッラだ!

[ドラベッラ]
さあ、ついてきなさい。
この輝きを手にしたいなら!

ドラベッラが空へ高速で飛び立つ。

[ナニカ]
……ミャアアアアアア!

ナニカはドラベッラをじっと見つめると、直少年を置きざりに、空を駆け始めた
ナニカは何もない空間を壁のようにして、飛んでいくドラベッラに追いすがる。

[エビバンチョー]
め、目を回してるって言ったのに!
つうかアイツ、
すっげえ速さで追ってきてるスよ!

[ドラベッラ]
それこそ、"当たり前"じゃない。
認知を曲げるほどの、圧倒的なこの存在。
誰もが目を奪われるんだから!

ドラベッラが綾淵区の上空まで舞い上がる。
振り返り、綾淵区の街並みと、必死に追いかけてくるナニカの姿を目に収めた。

[ナニカ]
ミゃん、ミャん、びゃ。
ミー……。

[エビバンチョー]
アイツ……。
あんだけ速かったのに
もうバテてきてるっスね?

[ドラベッラ]
そりゃそうよ。
あんな巨体で空中走行したら、
あっという間にガス欠になるわ。

[ドラベッラ]
消滅と再出現を繰り返してるなら、
なおさらね。
自分の能力を制御できてないうえ――

[ドラベッラ]
同時に別々のことができなくて、限界が来たの。
「キャパシティーオーバー」よ。
あの日の私の敗因と同じ……。

[ドラベッラ]
でも残念ながら、
今回は私の両腕は空いているのよね!

疲れ果てたナニカの懐に、ドラベッラが全速力で飛び込む。
そして大きな見えざる手で、ナニカの胴体を挟んだ。

[ドラベッラ]
悪いけど――
生物じゃないなら、
こうやって直接押し潰せるの。

[ナニカ]
ピギャッ!?
んぎっ!

[ドラベッラ]
……人間の1匹ぐらい、
見捨ててもよかったけど。
あの子、私と光雅の決着を待ってたしね。

[ドラベッラ]
アンタと貴重な観客、
天秤にかけるべくもない。
――さっさと消えなさい!

[ナニカ]
ンみャアアアアアアアアア!!!

歪なナニカの体が押しつぶされ、はじけ飛んだ。
盛大な破裂音とともに散り散りなるナニカ。
紫色のしぶきを伴って、小さな霧となり、消えた。

[ドラベッラ]
よっし、スッキリした!
久しぶりに暴れると
気持ちいいわね~!

[エビバンチョー]
お~。
あんなよく分からない特異を
いともあっさり。

[ドラベッラ]
(あれは普通の特異じゃない。
おそらく、影獣のような
巨大特異の分体――)

[ドラベッラ]
(でもコイツに話すと、
なんスかってうるさそうだし。
勝鬨だけ上げましょうか)

[ドラベッラ]
私に敗北なんてないのよ!
オーホッホッホ!

[エビバンチョー]
うおっ。
勝利の高笑い……。

[エビバンチョー]
(しかし何だったんだコイツ。
お嬢、察してても教えてくれないだろうな。
気になる……)

<hr>

ドラベッラがふわりと舞い降りる。
髪は銀髪から黒髪へ、格好も普通の人間のものへと戻った。

[直少年]
す、すごい!
ドラベッラが倒しちゃった!
ねねねねねねえ、サインくれない!?

[ドラベッラ]
フフフ、直少年……。

[ドラ子]
何を言ってるのよ、
私はドラ子よ。
"ドラベッラなんていない"わ。

[直少年]
え?
でも――

[ドラ子]
変な化け物はいなかったし、
貴方の身に何も起こっていない。
日常が通り過ぎただけ……。

[ドラ子]
でも、そうね。
今度から、急に変な予感がしたら、
関わらずにその場から逃げなさい?

[ドラ子]
アンタみたいな無力な存在じゃ、
プチっと潰されるだけよ。
おわかり?

[直少年]
う、うん。
わかった。

[直少年]
そうだよね、ドラベッラがいるなんて、
そんなのあり得ないよね。
あり得ない、あり得ない……。

[エビバンチョー]
――いいんスか?
そりゃ、通報でもされたら
騒ぎになるっスけど。

[ドラベッラ]
いいのよ、別に。
コイツの場合、覚えているほうが
余計なことに首突っ込みそうだし。

[ドラベッラ]
あれは早々、出るものじゃないわ。
直少年がたまたま
観測しちゃっただけ。

[ドラベッラ]
刺激しなければ街をうろつくだけよ。
たぶん。
無害なんだから放っておきなさい。

[エビバンチョー]
(それって結構
マズいのでは……)

[直少年]
で、でもね、
ドラ子さん――

[直少年]
僕、ドラベッラが
でっかい特異をやっつけるとこ、
見た気がするんだ!

[直少年]
もう、うろ覚えだけど。
でも本物のドラベッラは
すごくカッコよかったよ!

[ドラベッラ]
……ふふふ、そう。

[ドラベッラ]
少年。
ドラベッラと光雅が決着をつける日は、
きっと、いえ……すぐに来るわ!

[ドラベッラ]
その時まで、
ま、せいぜい健康でいることね。

[直少年]
……うん!

<hr>

喫茶店に戻った二人。カフェの店員が慌てて駆け寄ってくる。

[カフェの店員]
直、大丈夫か!
ケガはない!?

[直少年]
だ、大丈夫だよ。
大げさだな~。

[カフェの店員]
ッハァ~……。
ったくもー、オレマジ心配したんだけど!?
反省しろうりゃうりゃ!

[直少年]
や、やめてよ、
髪がボサボサになるから。

[ドラベッラ]
ちょっと。
恩人が戻ってきたんだから、
まず茶を汲みなさい?

[直少年]
あっ任せてドラ子さん!
僕お水持ってくるね~!

直少年がウォーターサーバーに駆け寄る
もたもたと操作して、時間はかかりそうだ。
その隙に、カフェの店員がこっそり話しかけた。

[カフェの店員]
水汲み、俺の仕事なんだけどな~。
でも都合はいいか。
ね、お嬢さん。

[ドラベッラ]
そうね。
私も1ナノミリぐらいは
お話したかったところよ?

[ドラベッラ]
(エビバンチョー。
アンタしばらく黙ってなさい)

[エビバンチョー]
(会話に集中するんスか?
了解っスけど)

[カフェの店員]
……あー。
直のこと助けてくれてマジサンキュ!
そこはお礼言っとく。

[カフェの店員]
でもさ~あんまりオモチャにするのも
やめてくれね?
直、結構アレで苦労してるからさ~。

[ドラベッラ]
それって霊感がある的なアレ?
それとも――
"才能がありすぎて潰された"的な?

[カフェの店員]
……。

[ドラベッラ]
へえ、後者か。

[カフェの店員]
マジやめろって、
人の事情に深入りするのさぁ……。

[ドラベッラ]
あはは、悪かったわね。
安心なさい。
私が興味があるのは光雅のことだけ。

[ドラベッラ]
小学生みたいなココロの高校生にも、
一般人みたいなツラして
"ナニカ"に気づいてた男のことにも――

[ドラベッラ]
踏み込まないし、
興味もないの。

[カフェの店員]
……やっぱマズったな~アレ。
直が出ていったとき、
すっげえ慌てちゃった。

[カフェの店員]
だってさ~フツー気づくか?
署の連中さえ
気づいてすらいないのに。

[ドラベッラ]
アレを見つけられる人間は
直少年ぐらいでしょうね。
私は天上天下唯一無二だから余裕だけど。

[ドラベッラ]
次からはどんな時も冷静でいることね。
そういうドジから、
計画が破綻することなんてザラなんだから。

[カフェの店員]
へへっスーパーヒーローに
やられっぱなしのレディが言うと、
説得力違いすぎ。

[ドラベッラ]
うっさいわね。
悪の組織の計画は、
常に大胆不敵であるべきなの!

[カフェの店員]
……アレがなんなのか、
聞かないカンジ?

[ドラベッラ]
察しはついてるし、心底どうでもいい。
だいたいアンタは関わっていないし、
あったとしても間接的にでしょ?

[ドラベッラ]
アンタがどんな企みをしてようが、
止めてやらない。
貸しだって作ってあげないわ。

[ドラベッラ]
だって私、
――"ワルモノ"だもの。
正義の味方をあたって頂戴?

[カフェの店員]
そっかあ。

[直少年]
ひーごめん!
レバーの倒す方向わかんなくて
時間かかっちゃった~!

[ドラベッラ]
いいえ、よかったわ。
話疲れて喉が渇いたところよ。

[カフェの店員]
じゃあ俺はクッキーでも出そっかな~。
これ、サービスだから!

[エビバンチョー]
……あの~。ずっと黒幕と黒幕みたいな
話が繰り広げられてたんスけど。
いったい何の話をしてたんで。

[ドラベッラ]
あ~水おいし~!

[エビバンチョー]
お、お嬢!
俺にも説明してくださいっス!
お嬢~!

[カフェの店員]
……。

ドラベッラがカフェの店員を見る。
カフェの店員は花瓶に花を活けていた。

[ドラベッラ]
(百合を飾ってるのね。
オレンジ色の百合。
たしか、花言葉は……)

[ドラベッラ]
(人間って、本当に面倒だわ。
重いものは軽くして、
棄ててしまえば楽になれるのに――)

[ドラベッラ]
(でも捨てられないからこそ、
人間は美しいのよね。
ね、そうでしょう? 光雅……)

<hr>

[*]
――オレンジ色の百合を、
飾り続けている。

[*]
(捨てるべきだってわかってても。
どうしてもうまく捨てられない)

[*]
あまりにも綺麗に咲きすぎてて、
もったいなくなっちゃったんだよな。

[*]
嘘しかない世の中でも、
これだけは信じられるからさあ。

[*]
(この名も無い花が枯れたら、
俺と"早乃"を繋ぐものが、
何も無くなってしまうだろう)

[*]
(捨てるべきだ。
正しくあるためには。
……もう、枯れてる花なんて捨てて)

[カフェの店員]
……。

ドラベッラも直少年も去った後。
夜更け、静かになった喫茶店の出窓に、店員の男が腰掛ける。

[カフェの店員]
それでもさ。
嘘にすがりたくなる日が、
あるんだよ。

[カフェの店員]
嘘まみれの社会の
噓まみれのヒーローで、
自分を騙し通せる日が来んのかな。

[カフェの店員]
それとも――
実はもう、いたりすんのかな。
「本物のヒーロー」ってヤツが。

[カフェの店員]
そうしたら俺を、
今度こそ、

[カフェの店員]
――死なせてくれるかな。
ちゃんと、
救ってくれるかな。

[*]
待っている。
本物のヒーローが来るのを。

[*]
いつまでも、いつまでも。
ずっと……。

<hr>

[ドラベッラ]
夜風が気持ちいいわ……。
風にたなびく
ミステリアス美少女って感じ。

[エビバンチョー]
なんでわざわざ高いところに行くんで?
とっとと基地に戻って
寝たほうがよかったスよ。

[ドラベッラ]
気の利いたことが言えないヤツめ……。
暴れ回る前にきれいな状態の町並みを
見ておこうってだけよ?

[ドラベッラ]
それに、この街のどこかに
アイツが――光雅がいる。
それだけで一見の価値があるわ。

[エビバンチョー]
あのヒーローに
なーんでそこまで
こだわるんスかね……。

[エビバンチョー]
それに、俺は光雅が
ヒーローに復帰するとは、
ちょっと思えねぇっスよ。

[エビバンチョー]
引退――退署だけど、
でも一線から退いたら、
普通はもう戻ってこないっス。

[エビバンチョー]
どっかのバックヤードには
いるかもしれねえっスけど。
それにしたって……。

[ドラベッラ]
ふふふ。
アンタ、知らないの?

[ドラベッラ]
正義ってやつはね、死なないの。
失ったように見えても、
ふとした瞬間に蘇るのよ。

[ドラベッラ]
正義は帰る。
光雅は帰ってくるわ。
必ずね。

[エビバンチョー]
……。

[ドラベッラ]
待ってるのはイヤだから、
直接アイツを
叩き起こしに行くけどね!

[ドラベッラ]
エビバンチョー、いい?
明日からは光雅大捜索よ。
アンタにもばっちり働いてもらうんだから!

[エビバンチョー]
え、マジすか!?
悪の組織としての活動はどうするんスか!
総統役も待ってんスよ!?

[ドラベッラ]
主役不在でどうするのよ!
こうなったらネズミの穴まで、
徹底的に調べてやるわ!

[エビバンチョー]
……ああ、明日から休みゼロだ。
なむさん。

[ドラベッラ]
(――この綾淵区はあいかわらず、
嘘と虚飾にまみれている)

[エビバンチョー]
それにしても。
前々から気になってたんスけど、
あの港側にあるでっけー穴。

[エビバンチョー]
あの穴、一体なんなんスか?
影獣が空けた? みたいな噂は
聞いたっスけど。

[ドラベッラ]
違うわ。あの穴は大昔からあるのよ。
ここの連中は、
影獣が空けたってことにしてるけどね。

[ドラベッラ]
そのほうが"都合が良い"の。
この街はね――
社会にも、歴史にも、大穴が空いてるのよ。

[ドラベッラ]
心臓に空いた穴を隠すために、
言い訳を塗り重ねる。
ヒーローなんて嘘の権化でしかない。

[エビバンチョー]
……。

[ドラベッラ]
(もしかしたら。
光雅は"穴"を
暴こうとしているのかもしれない)

[ドラベッラ]
(そのために全てを捨て去るなんて、
アイツならやりかねないもの)

[ドラベッラ]
でもどうでもいいわ。
ええ、全部全部どうだっていい。
私の望みはたった一つ。

[ドラベッラ]
光がまた見たいの。
この私を照らすような、
輝かしい、美しい光を!

[ドラベッラ]
そのためなら
アンフェアなルールを
いくらでも敷かれたって構わない。

[ドラベッラ]
この心を震わせるものを、
もう一度見られるのなら、
いくらでも愛してあげる。

[ドラベッラ]
――さあ、人間ども。

[ドラベッラ]
貴方たちはいったい、
どんな「正義」を
また私に見せてくれるの?