【下書き】ぷろしん2話序文 2/3

人気のない学校の廊下
足音だけが延々と響いている

[男]
始まりは、いったい"どこから"だったのだろう?

[男]
形のない悪意をごまかすために、
口さがない噂が立ったときだろうか。

[男]
鏡の中から女が現れたときか。
七不思議なんて、
ありもしないものが信じられたときか。

[男]
彼が歌ったことが、
蝶の羽ばたきのように全てを変えたのか?

[男]
……あえて言うなら。
俺が正義を失った日が、
きっと全ての始まりだった。

[男]
今でも心の"どこか"で待っている。
根腐れしきった心を照らす光を。
迷うことなく信じられる熱を。

[男]
今度こそ――

[男]
"本物のヒーロー"が現れることを。
待っている。
いつまでも、いつまでも……。

過去 3年前
ノイズ越しの景色
衛遊署の車両、警察車両が輪になって何かを囲んでいる
彼らが囲んでいたのは、ふわふわと浮く女
虹色の光彩を放つ銀髪を風にたなびかせる、異様な女だった
女の周りには、破壊された建物の残骸が、重力を忘れてふよふよと浮いていた。

[衛遊署職員]
――駄目だ、接近できない!
あの女、すばしっこすぎるぞ!

[衛遊署職員]
どうやってもふわっと抜けられる!
ああもう、
こんなのどう捕まえらればいいんだ!

[衛遊署主任]
たは~困ったな。
ウチのレールガンも避けちゃうみたいだし。

[衛遊署主任]
捕縛はムズいな。
少なくともウチらの技術でもムリそ!

[ライダースーツの大男]
……しょうがねぇ。
隊長! 
俺がこのままバイクで突っ込んで掴むってのはどうだ。

[ライダースーツの大男]
ちょうどいいガレキがある、
コイツを跳び台代わりにスタントだ。
どうしてもって言うならやるぞ!

指揮車両内では、衛遊隊隊長がモニターを睨みつけている。

[隊長]
……いや。
ヒーロー炎舞、下がれ。
制圧作戦は失敗だ。

[隊長]
ヤツの"能力"――
さながら重力操作か。
あれを無効化しなければ話にならん。

[隊長]
この場は六壬課に委ねる。
総員、後方に下がり、
非常事態に備え待機だ。

[六壬課]
――制圧作戦失敗、第三作戦に移行。
巫覡隊、東西に展開せよ!

顔を隠した和装の集団が、浮遊する女を取り囲んだ
その胸元には、警察の階級章がしっかりもつけられている

[隊長]
(……六壬課。警察唯一の対特異課。
古くから存在し、影獣が出る前から、
特異に当たってきたという)

[隊長]
(「お前たちより長らく特異を知っている」だったか。
鼻持ちならない連中だが、
"切り札"は相当強力なはず)

[隊長]
(だが、あの女の観測波……。
見たこともない波長を描いていた。
既知が未知なる存在に通じるか……)

[六壬課]
東隊、西隊、構え!
帰無界網、投擲!

網は液体のように形を自由自在に変え、ガレキをすり抜けて女に網が掛けられた。

[浮遊する女]
……!

[六壬課]
対象への着網を確認!
起動を――

[浮遊する女]
……なあにそれ。
つまんない。

女が片手を振るうと、半透明の網はピタリと空中で止まり、全て固形となって地に落ちる。
ほのかに光を放っていたそれは力尽きたかのように光を失った。

[六壬課]
……!
シールド展開、構え!

ガレキが六壬課に向けられる。
制御を失ったそれは、無造作に六壬課に放たれた。

[六壬課]
人員の被害なし、
界網の無力化を確認……!
対象の現実侵食能力は影獣並みか!

[六壬課]
――第四作戦は飛ばせ!
自衛隊到着まで動きを阻止する!
いくぞ!

[炎舞]
……おい、あれはちょっとマズくねぇか。
どうする隊長。
点数稼ぎは必要だろ?

[隊長]
迂闊に突っ込めば恰好の的だ。
最大戦力のお前が動けなくなるのは
何としても避けねばならん。

[炎舞]
だが手詰まりだろ!
あれ見えるか。

[浮遊する女]
……。

女が無表情のままガレキを放ち続ける。

[六壬課]
防護盾を構え続けろ!
ぐぅぅ……。
少しでも、少しでも押し返せ!

[炎舞]
作戦倒れだ。
あれじゃあ時間は稼げねえよ。
……俺が体張って耐えてくる。

[隊長]
やめろ!
この場は彼らに一任すると言ったはずだ。
我々はこのまま自衛隊と合流する。

[隊長]
機はいずれ来る、その時まで――
――!?

[浮遊する女]
こいつでいっか。

[六壬課の一人]
ガッ――うぐうううう……!?

女が真下にいた、盾を構えた六壬課から一人を浮かび上がらせる。
人質は、金魚のように口をぱくぱくさせ、息を奪われていることが見て取れた。
もがき苦しむ男。
空いた左手で首を幾度も幾度も、引っかいている。
右手はこわばり、シールド発生装置が稼働するも、女には効いた様子がない。

[浮遊する女]
ぺちぺちうっとうしいな。
ほら。コイツほっといたら死んじゃうわよ?
早くヒーローを呼んでよ?

[炎舞]
――クソッ隊長!
まさか見殺しにするなんて言わねぇな?
あんたはそんなやり方はしないだろうが……。

[隊長]
……。

[隊長]
(このまま退避を命じれば……。
間違いなく私は軽蔑されるだろう。
だが有力な衛遊士を失うわけにはいかん)

[隊長]
(もはや一刻の猶予もない。
非情な判断だが、ここは下がらせ、
自衛隊と歩調を合わせて戦うべきだ)

[隊長]
(だが、相手は警察の切り札をも無力化した。
もし。もし、自衛隊の兵装をも防ぐほどであれば。
最悪の場合――)

[???]
――隊長。

[???]
隊長!
聞こえますか!

[隊長]
生瀬隊員か。
側面に展開していたな。
何があった!

[生瀬宏斗]
人質を救助する作戦があります。

[隊長]
……なんだと?

[生瀬宏斗]
自衛隊が来るまで待機すべきなのは理解しています。
炎舞は万全の状態であるべきということも。

[生瀬宏斗]
……けれど能力のルールを突けば、
人質を助けられるかもしれない。
士気の維持のためにも救助すべきです。

[生瀬宏斗]
この作戦では誰かが彼女に接近する必要がある。
――俺が行きます。
俺が負傷する分には作戦展開への影響は無い。

[隊長]
何を言っている!
無謀な行為は許可できん。

[生瀬宏斗]
炎舞は誰かを見殺ししない、できない!
あの人はそういう人です。
たとえ貴方に止められても絶対に動く!

[隊長]
……。

[生瀬宏斗]
だったらもう、打てる手を打つべきだ。
俺には手立てがある。
必ず成し遂げてみせる。

[生瀬宏斗]
隊長。
――決断を!

<hr>

[警察の一人]
ハッ……ァ…………ゥゥ……
……!……!

[浮遊する女]
何も起きない、か。
がっかりだな……。
終わりにしちゃいましょっか。

[炎舞]
――おい女!
お望みのヒーローはとっくの昔にいるぞ!
最強だが生憎飛べないタイプでね!

[炎舞]
そんなとこ浮いてないでさっさと降りてきな。
まったくフェアじゃねえな。
それとも俺に負けるのがそんなに嫌か?

[浮遊する女]
やっすい挑発。
意味ないわよ、そんなの。

[炎舞]
そうか、そうか。
それじゃあ……しゃあねえな?

[炎舞]
野郎ども!
ヤツにだけ当たるように投げてやるから、
――チビんなよ!

炎舞が巨大なガレキを掴むと、羽のように軽々と持ち上げる
コンクリートの塊、鉄骨、体をはるかに超える大きさの残骸……。
続々と掴んでは、女に向かって猛烈にブン投げ始めた。

[六壬課]
な、なんという怪力……!
あんな重さのものを、
まるで球遊びのように……。

[六壬課]
あれが最前線の衛遊士、か。
あの剛力。
確かに我らでも持ち得ぬものだ。

[六壬課]
だがアレに投げつけたところで
容易く防がれるぞ。
どうするつもりだ……。

[浮遊する女]
はいはい、
ムダよムダ。

女が手をかざすと、投げつけられたガレキはたちまち停止する。
それを延々と繰り返すうち――
女の周囲にあったガレキが落ち始めた。

[炎舞]
ハハッ!
読み通りに動いてくれてありがとよ!

[炎舞]
――"上限"だ!
出番だぞ、ヒーロー!

<hr>

[隊長]
あの能力には限界がある、か。
一般的に、特異は己に課したルールに縛られる。

[隊長]
認識の皮膜がなければ特異は具現化できない。
自身を定義し、定義した枠に収まらなければ、
浸透圧のように現実世界へ拡散してしまう。

[衛遊署主任]
よーするにー。
特異はキャラ崩壊すると自分も崩壊しちゃうこ。
「ワタシは誰?」ってなっちゃうのね。

[衛遊署主任]
人間の幽霊がドラゴンになれないように、
浮いてる彼女だって、定義を越えた力は発揮できない。
そういうことっしょ?

[隊長]
あの女が特異かどうかははっきりしていない。
だが現実侵食が起きている以上、
その能力は特異に起因するはずだ。

[隊長]
「底なしに見える能力にも隙がある」
という生瀬隊員の考え自体に
概ね間違いはないだろう。

[隊長]
指摘した"脆弱性"が、
本当にあるのかまではまだわからんが……。

[隊長]
どちらにせよ、この作戦には接近が必要だ。
主任。もし能力を越えるほどの物体が向けられれば、
先に浮かしていた物体はどうなると思う。

[衛遊署主任]
そりゃ落ちるでしょーね。
余裕がない状態で、力を身を守るほうに回すんだ。
いらないものはカットされるのが道理だもん。

[衛遊署主任]
でもそれだけじゃダメ。
人質クンにはあちらさんも気を付けているだろうし、
うっかり解放するってことはないないな~。

[隊長]
実行には、能力の弱体化は不可欠。
どの程度の負荷で変化が起きるかは
検証してみないことには――

[炎舞]
それはやりながら試せばいい。
アイツを手一杯にして、介入する余地を作る。
前提はそれで十分だな?

[隊長]
……。

[衛遊署主任]
たはは、ゴメンゴメーン!
後から説明すんの面倒だったから、
炎舞クンにもささっと繋いじった!

[炎舞]
小言は聞かねえ。
役割分担は分かり切ってるな?

[炎舞]
俺は力任せが大の得意でな。
で、跳びまわったり、小回りが必要なことは苦手。
だから……大一番はお前に譲ってやるよ。

[炎舞]
日陰者が、
やっと日の目を浴びるときが来たんだ。

[炎舞]
こう言っちゃなんだがな、
お前ほどこの場に向いてるヤツはいねえよ。
――しっかりやれよ、宏斗。

<hr>

[生瀬宏斗]
……。

[生瀬宏斗]
(思えば、彼女の能力は極めてシンプルだ。
重量問わず物を浮かす。指向性を与えて放つ)

[生瀬宏斗]
(それともう一点。
自分に投げられてきたものを彼女は"落とした"。
六壬課から投げられた網を空中で操作している)

[生瀬宏斗]
(運動エネルギーを操る力か、質量操作か――
どれであっても強力な能力だ。
特異だとしても発動には負担がかかるだろう)

[生瀬宏斗]
(だから強力な能力に反して、
瓦礫をぶつけるという単純な攻撃方法になるんだ。
敵を追尾までしようとすればガス欠を起こす)

[生瀬宏斗]
(一方、浮いている状態を保つだけなら、
操作ほどの労力はかからないんだろう)

[生瀬宏斗]
(わざわざ瓦礫を浮かして
飛び道具から身を守っているのは、
気が逸れて能力を解除されるのを恐れている)

[生瀬宏斗]
(――それだけじゃない。
いくら燃費が悪くとも、
空中を飛び回れるのに浮遊物を増やすのは悪手だ)

[生瀬宏斗]
(動ける範囲を自ら狭める理由。
その理由はたった一つ)

[生瀬宏斗]
なら、やるべきことは明確だ――

<hr>

[衛遊署主任]
急ごしらえだけどさあ、
しっかりやんなよ!

[生瀬宏斗]
ああ、ありがとう。
――行ってくる!

腕に器具を着けた白い"ヒーロー"が、主任に見送られながら、女を見下ろせる高さのマンションから跳び立つ
浮いているガレキに足をかけながら、急速に下降し始めた

[炎舞]
オラッまだまだ行くぞォッ!

[浮遊する女]
……。
また小細工か。

浮遊する女が炎舞から目を背ける
そして降りてくる宏斗を"見た"。

[衛遊署主任]
――マズイッ来るよ!

[生瀬宏斗]
一つめ!

浮遊物を蹴り、放たれたガレキを避ける。

[生瀬宏斗]
二つめ、三つめ、
次……四つめだ!

2つ目のガレキを身を逸らして避け、3つ目のガレキに――棘のついた手甲でひっかけながら――体を留め、4つ目が飛来する方向とは逆側から駆け降りた。

[衛遊署主任]
(新作のスパイクグローブ!
あんな変なの使うヤツいないと思ってたのに!)

[衛遊署主任]
(炎舞クンの"言ってたこと"、マジだったんだ。
生瀬のこと……
試作品マニアくんなんて呼んでたけど)

[生瀬宏斗]
ブースター、起動!

[生瀬宏斗]
次はワイヤーだ!
――行けっ!

5つ目を足のジェットブースターで軌道を変えて避け、6つ目は動きを読みまっすぐ落ちることで回避する
7つ目は浮遊物にワイヤーを放ち、ブースターを起動させたまま無理やり機動を変えた。

[衛遊署主任]
(たは、こりゃまいったな。
あの子、本当に全部使いこなせるんだ。
……いくつあると思ってんだ、バケモノかよ)

[浮遊する女]
チッ……
蠅がうざったいわね。

[炎舞]
そっちばっか気にしてんじゃねえよ!
俺とドッチボールしてな!

[浮遊する女]
だあもう、うるさいわね!
右に左にジャマよジャマ!

[生瀬宏斗]
(先輩が彼女の能力のリソースを
削り続けているおかげで、
単調な攻撃しか来ない!)

[生瀬宏斗]
(多少無防備になってでも、
彼女がこちらを集中的に狙ってくるのが
最悪のパターンだった)

[生瀬宏斗]
これならいける……!

宏斗が人質の真上付近まで接近する。

[浮遊する女]
――!

そして――ブースターで軌道を変え、浮遊する女と人質の間にあった"空間"を刀で切り裂いた。
女の頬に血が一筋垂れる。
宙づりになっていた人質は解放され、衛遊署職員に受け止められた。

[衛遊署職員]
人質救助!
救護班、後は任せたぞ!

[生瀬宏斗]
良かった!
あとは……。

[炎舞]
……あの女と追いかけっこってとこだな。
こっちはもう弾切れだ。
ここまで来たんだ、最後まで付き合いな。

[浮遊する女]
……。

[浮遊する女]
……。
……。

女がパチンと指を鳴らすと、すべてのガレキが地に落ちる
そしてゆっくりと地へと舞い降りた。

[浮遊する女]
ねえ。
なんで"わかった"の?

[生瀬宏斗]
……!

[浮遊する女]
なんで"わかった"のか、
教えてくれない?

[生瀬宏斗]
……お前は。

[炎舞]
――宏斗! 人型特異と話をするのはやめておけ。
こういうヤツはロクでもないんだよ、
何を考えてるかわかったもんじゃない。

[炎舞]
命乞いでもされてみろ、
一生引きずる羽目になるぞ。

[浮遊する女]
ちょっとまな板の鯉のくせに失礼ね!
質問には答えを返すべきでしょ?

[浮遊する女]
私、フェアじゃないって言われたから、
この私がわざわざ降りてやったのよ?
誠意ってものがあるんじゃないの?

[生瀬宏斗]
……わかった。
答えよう。

[炎舞]
あーあー。
やれやれ、真面目ヤローがよ。

[生瀬宏斗]
君の特異としての能力は、
重量操作、質量操作に近しいものだと思っている。

[生瀬宏斗]
重力操作だとすると、
地面に引っ張られる力、引力だけで
ガレキを放つのは難しい。

[生瀬宏斗]
運動エネルギーを操作するにしても、
あれだけの物量を
無造作に動かすのは非効率的だ。

[生瀬宏斗]
単なる強力な念動力とも考えられるが……
さすがに動きが単調すぎる。
それなら物をぶつける以上のことができる。

[炎舞]
ま。俺も念動力持ってたら、
もっと創意工夫したろうしな。
ただの剛腕じゃあぶん殴るだけで花が無くてね。

[生瀬宏斗]
重量操作なら、
場にあるモノから
高速の飛翔体が簡単にできる。

[生瀬宏斗]
一度ついた加速度は重さで変化しない。
目についたモノを羽のように軽くして弾いたあと、
元の重さに戻せばいい。

[生瀬宏斗]
モノを軽くさえしてしまえば、
"浮遊する"、"放つ"――
どちらも特異が持つ最低限の念動力で十分実現できる。

[生瀬宏斗]
これが最も効率のいいやり方だったんだ。
だから安全圏からガレキの射出をやり続けた。
違うか?

[浮遊する女]
ふふん。
だって重いもんぶつけるだけで、
アンタたちにとっては脅威でしょ?

[浮遊する女]
手抜きで十分遊べると思ったから、
これでやったのよ。
こんなのでもアタフタするんだから面白いわ!

[炎舞]
ロクでもねえ特異女だこと。

[浮遊する女]
私を有象無象な特異と同じにしないでちょうだい。
だいたい、質問の答えになってないわよ。
私は"なんでわかったの"って聞いたの!

[浮遊する女]
――私の元にたどり着いたとき。
アンタ、まっすぐ人質に向かわずに
私の"見えざる腕"を切ったでしょう。

[浮遊する女]
なんでそこに腕があるって、
腕で掴んでるんだって"わかった"の?
そういう能力なのかしら?

[生瀬宏斗]
見えていたわけじゃない。
ただ――"空気"がおかしかった。

[浮遊する女]
……空気?

<hr>

[六壬課の一人]
ガッ――うぐうううう……!?

もがき苦しむ男。
空いた左手で首を幾度も幾度も、引っかいている。
右手はこわばり、シールド発生装置が稼働するも、女には効いた様子がない。

[浮遊する女]
ぺちぺちうっとうしいな。
ほら。コイツほっといたら死んじゃうわよ?
早くヒーローを呼んでよ?

<hr>

[生瀬宏斗]
人質が宙に浮かばされて
窒息していたとき、
彼はずっと首を引っ掻いていた。

[生瀬宏斗]
だが、息ができないなら
無意識に胸や腹を抑えて、
より体に空気を取り入れようとするはずだ。

[生瀬宏斗]
首を抑える動きをするのは、
気道に物がつかえているとき。
それと――誰かに首を締められているときだ。

[生瀬宏斗]
だから、そこに"掴んでいる何か"が
あるんじゃないかと思った。
たとえば、第三の腕とかな。

[浮遊する女]
……着眼点は面白いわね。
でも咄嗟に首を抑えただけかもしれないじゃない。
それだけじゃ理由としては弱いわ。

[生瀬宏斗]
腕があったと思う根拠はもう一つある。
君の能力の射程は
見た目より遥かに短いんじゃないか?

[浮遊する女]
……。

[生瀬宏斗]
そう思ったのは、
君が自分の周囲に
常にガレキを浮かべていたことだ。

[生瀬宏斗]
移動の邪魔になりかねないのに、
自分の傍にガレキを浮かべていたのは、
遠くのガレキまで能力が届かないからだ。

[生瀬宏斗]
自分のすぐ近くにあるものしか操れない。
だから人質も、隊長格を選ばず、
自分の一番近く人間を選んだんだ。

[炎舞]
成程な。あのガレキは盾ってだけじゃなく、
弾倉でもあったわけか。
傍にあれば弾としていつでも放てる。

[炎舞]
遠くに手が届かないなら、
事前に拾っておけばいい。
言われてみれば簡単な理屈だな?

[生瀬宏斗]
能力の射程を誤魔化すという点でも、
ガレキの射出は優秀だ。
遠距離にも届く能力だと誤認させられる。

[生瀬宏斗]
――ここからは俺の憶測だ。
君の能力は、見えない手が触れたモノの
重量を操作できる力じゃないか?

[生瀬宏斗]
君がどれほど強力な特異であっても、
その能力が無制限に
発動できるとは思えない。

[生瀬宏斗]
強い力には必ず、制約とトリガーがある。
トリガーは見えない手で触れること、
制約は手の範囲外には文字通り手が出せないこと。

[生瀬宏斗]
……人間の腕は二対ある。
見えない右腕と左腕が、
君の能力の正体だ。

[生瀬宏斗]
人質を掴んでいたとき、
シールドをうっとうしがっても対処しなかったのは、
片手を空けておく必要があったからだ。

[生瀬宏斗]
だけど片手だけでは、
2方向から来る先輩と俺に対処しきれなかった。
だからキャパシティーオーバーした……。

[生瀬宏斗]
そう思ったから、
掴んでいる腕があるだろう空間を切った。
特異の一端なら、装備の刀で斬れる。

[生瀬宏斗]
……これで、納得したか?

[浮遊する女]
……。

[浮遊する女]
アンタ、本当にヒーロー?
考え方がタクティクスすぎるんだけど。
実は人造人間とか元ヴィランだったりする?

[生瀬宏斗]
いたって普通の人間だよ……。
たぶん、この場にいる誰よりも。

[浮遊する女]
私が見てきた連中とは、
ずいぶん毛色が違うわね。
へえ、面白い!

[炎舞]
変わり者だってことは保証してやるよ。
長いお喋りにも付き合えるヤツだ。
――"時間稼ぎ"も得意だしな。

気が付けば、浮遊する女はすでに自衛隊に囲まれていた
女を、半透明の青い檻が包んでいる。
対特異銃が向けられ、いつ蜂の巣になってもおかしくない状態だ。

[自衛隊]
アンカー投錨完了!
num波の固定化を確認した。
これより強制帰無を開始する!

[隊長]
生瀬、炎舞。
よく気を引き続けてくれた。
これでヤツを捕捉できる!

[浮遊する女]
ふーん、なるほどね。
コイツラが一応本命ってわけ?
……。

[浮遊する女]
――ねえ、私の腕を切ったアンタ。
名前を教えなさい?

[生瀬宏斗]
……俺の名前か?

[浮遊する女]
そうよ。有象無象には興味ないけど、
この私に地に足着けさせた
ヒーローの名前だけは覚えておいてあげる。

[生瀬宏斗]
餞別に教えてやりたいが、俺にヒーローとしての名はない。
……強いて言うなら、
この装甲は光雅原型と呼ばれてるよ。

[浮遊する女]
光雅……。
ヒーロー、『光雅』ね!
バッチリ覚えたわ!

檻の青い光はみるみる強まる。
が、浮遊する女が、指をパチンと鳴らした。

[自衛隊]
――ッ!?

浮遊する女を包んでいた檻が、粉々に砕け散った。
そしてくるっと飛び回ると、すべての銃もまた「見えざる手」で砕け散る。

[隊長]
……な。
……何ということだ。

[浮遊する女]
悪いけどその程度じゃ、
私は捕まえられないのよね。
あはははは!

[浮遊する女]
さあ、ヒーロー役も見つけたし、
「悪の組織ごっこ」を
始めましょうか!

[ドラベッラ]
我が名は、そうね――
「ドラベッラ」

女がもう一度指を鳴らすと、その姿がたちまち変わる
白い肌着が一転して、禍々しくも既視感のある、まるで「悪の組織の幹部」のようなものに変化した。

[ドラベッラ]
あなたに恋するドラベッラ、よ!
あー! 早く組織員を集めなきゃ!
とってもワクワクするわ……!

[ドラベッラ]
我が宿敵、『光雅』!
ここはあなたに勝ちを譲ってあげる。

[ドラベッラ]
――また会いましょう!
あははは!

ドラベッラが高速で飛翔する
その動きは、抑えていた力を全て解放したかのよう。
そして空高く舞い上がって、一瞬で見えなくなった。

[自衛隊]
――。
えっ?

[生瀬宏斗]
え?

[六壬課]
対象、索敵範囲から消失……。
か、帰った、のか?

[衛遊署主任]
え。
勝手に盛り上がってたけど。
帰ったの?

[炎舞]
……。
ああ。
帰ったな。

[取り残された人々]
……。

[取り残された人々]
……。
……。
え?

[隊長]
(自衛隊の兵装が、効かなかった。
彼らは国防の要だ。
自衛隊でどうにもならなければ日本は終いだ)

[隊長]
――なんなのだ、あれは。
あの化け物は……。

<hr>

大量の新聞記事が、並べられている

[*]
『大特異災害再襲来』
本日未明、人型特異「ドラベッラ」が
綾淵区に出現しました。

[*]
これを受け衛遊署職員が出動。
ドラベッラは「光雅」の出撃を
しきりに要求、これを受け該当職員が――

[*]
『ドラベッラ、綾森公園に出現』
本日未明、人型特異「ドラベッラ」が
怪人とともに綾森公園を占拠しました。

[*]
これを受け衛遊署職員が出動。
衛遊士「光雅」率いる対策班が怪人を撃破、
ペンキで汚れた公園の復旧を行いました。

[*]
『採石場砦、不法占拠される』
本日未明、悪の組織カタストロフを名乗る集団が
採石場に認可を得ず砦を建設しました。

[*]
声明によると「ヒーローどもよ、
この採石場は我々のものになった。
解放したくばすぐに来なさい。いいわね!」とのこと。

[*]
『採石場砦崩壊』
本日未明、悪の組織カタストロフを名乗る集団が
建設した砦が崩壊しました。

[*]
出撃した衛遊士によると、
「怪人を倒し終わったら自爆スイッチを押して、
楽しそうにどこかに飛んでいった」とのことです。

[*]
特選コラム:ドラベッラは何者か?
ドラベッラは特異とされていますがね、
そのわりにはあまりにも存在が強固すぎるんですね。

[*]
じゃあなんなのかって言われたら、う~ん。
悪の組織カタストロフは宇宙から来た設定だそうですが。
なんなんでしょうね。この人たち。

[*]
『ドラベッラ対光雅、激闘!』
本日、ドラベッラが宣言通り
エテ公公園に出現。
ヒーロー光雅が一騎打ちに挑みました。

[*]
注目を集める中、光雅が見事勝利!
ドラベッラが敷いたルールの元とはいえ、
勝利を収めた光雅には惜しみない拍手が送られました。

[*]
ドラベッラは「覚えてなさーい!」と
いつものように撤退。
次の再戦はいつになるのか、楽しみですね。

[*]
『ベストヒーロー総選挙』
ブライトソー、リベリオンを抑え、
本年度のベストヒーローに輝いたのは……

[*]
やっぱりこのヒーロー「光雅」!
光雅の目の黒いうちは、
カタストロフやドラベッラの好きにはさせません!

[*]
『人型特異ドラベッラ、セフィリカ社社屋を破壊』
――私たちはね、彼女が恐ろしい存在だってことを、
すっかり忘れていたんです。

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『人型特異ドラベッラ、消失か』
本日未明、人型特異ドラベッラが衛遊署前に出現。
日本からの撤退を宣言しました。

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職員によりますと「すぐに戻ると語っていた」
とのことですが、存在波の消失が確認されており、
帰無したかについては特対庁が調査チームを組んで――

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『衛遊士試験内容の見直し』――
『装甲:光雅を生み出した天風重工に突撃取材』――
『セフィーム社代表辞任』――

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『光雅、電撃退署!?』
本日、衛遊署より衛遊士「光雅」の
退署が発表されました。

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衛遊士として活動は続けるとのことですが、
無期限の自粛を宣言しており、
トップヒーローの事実上の引退に衝撃が――

[新聞を読んでる女]
う、嘘よ……。
そんなのありえない……。
光雅が、あの光雅が引退してるですって!?

[新聞を読んでる女]
この私が! せっかく!
わざわざ帰ってきて
やったっていうのに!?

[新聞を読んでる女]
ん……。
ん……。
ん……!

[ドラベッラ]
んなわけ、あるかッーーーー!!!