儚い羊たちの祝宴――米澤穂信が手掛けた短編集は、どこか危うい主従と猟奇に満ちた謎が繰り広げられる、珠玉の一書である。
とくに四編の後に聳える「儚い羊たちの祝宴」はその内容もあいまって筆「舌」に尽くしがたい一編だ。
積み上げられた感情の先の、殺人、猟奇がわれわれの背筋をなぞってくる。
どの短編も、ひそやかな狂気に満ちていて――
……。
……なんか1人だけ猟奇の方向性間違ってない?
※ここから先は儚い羊たちの祝宴の盛大なネタバレを含みます。
というか主に山荘秘文のネタバレなんですけどね
いや~読んでてハラハラしました。
主人公の人殺っちゃってそうなムーブ、青年の安否、そして「気づいてしまう」少女――
殺人犯のいる山荘に居続けるドキドキ、ミスリードされている気はするけれど見抜けない巧みな文章、そして最後の盛大な札束ビンタを見て「な~んだ!」という安心感……。
読み終わったら大きな事件が1つ解決したような、そんな清涼感がありまして。
ふう、とため息ついて本を閉じたんです。
……盛大な札束ビンタ?
なんだよこの女! イカれてる! イカれてる、けど。
この人が殺したの結局、捜索隊の心の余裕と有給だけですからね。
なんなら被害者さんにとっては命の恩人なうえ常人には理解できない理由で捜索費用も口止め料も出してもらえましたからね。
思わせぶりな不穏ムーブかまされて無駄にハラハラさせられただけじゃないですか。
カルマ値プラマイゼロどころがプラスじゃないですか。ついでに探偵役さんも棚ぼたでお金もらえたし。
しょうもない理由からの殺人ってのもありますが、こんなしょうもない理由で救人されることあるんだ。
被害者さんの立場からしてみれば、あの後、
「えっいいんですか!!!!!!!よっしゃあ黙ります!!!!!!!!!!!!!!」以上のことないですからね。
高潔な女騎士でもない限り断る理由ないですからね。
猫をいじめるぜと言いながらシャワーしてピカピカにしてるアレじゃん。
他の3編の犯人はめちゃくちゃ真面目に殺人しているんだぞ。
もっとまじめに殺人に向き合ってほしい。
館を狂ってるくらい愛してるのに、穏当に済ませる理性はある。
「うおおおおおおおおお! 唸れ俺の札束ビンタ!!!」で全部解決してしまわれてる。
狂気の方向性が一人だけインターネットに住んでる狂人どもに一生擦られるタイプのそれなんよ。
――このようにして頭に山荘秘文が残り続けたせいで、最終編「儚い羊たちの祝宴」にて「珍味」と出るたび、ずっと「熊の手」が頭をよぎって若干面白くなってしまいました。
例の羊なんかよりどう考えても熊の手のほうが美味しい。
それにしても、札束ビンタって最強最良の手段ですね。
お互い損しませんし。
札束ビンタしてくるような奴は殺人ビンタもしてくるかもしれないから、時と場合によっては大人しく受け入れたほうがいいと思います。
私の右ほお、いつでも空いています。
ちなみに、全体において好きだったのは「玉野五十鈴の誉れ」、場面で好きだったのは「北の館の罪人」です。
北の館の罪人の、ラストの絵の……あのくだりが好き。
逃がさないという執念が感じられてゾッとする。
でもやっぱり「儚い羊たちの祝宴」の、あの途切れについても言及すべきですね。
あそこで切るの芥川龍之介の「羅生門」味が感じられて好きなんです。
こだわりがあるタイプの殺人鬼みたいな発言になりますが、殺人に対して雅ですよね。
私だったら空気を読まず、これは貴方の大好きな人肉だ!って書いちゃいそう。
以上。